3-7

 そこは北欧系の家具に満たされた瀟洒な部屋だった。テーブルを挟んだ向かいのソファに、部屋着姿のレイリアがあぐらをかいて座っている。短パンの隙間から下着が覗いているが、クリスが何度注意してもレイリアはけらけらと笑うだけ。
 
「――あたしがシディアスの騎士になった理由……あれ、言ってなかったっけ?」

 シードルの入ったグラスを傾けながら、レイリアが聞き返してきた。
 クリスの前にはジンジャーエールの入ったグラスが置かれている。氷の入ったグラスが少し汗をかいていた。
 
「蒼一に憧れてた、って話はちらっと聞いたけど、詳しくは」 
「まあ、簡単に言えばそういうことだけどね。あたしの実家が運送業やってるのは知ってるでしょ」
「うん。『飛行空艇』で大陸中飛びまわってるって」

 フォンエルディアでは一般的な航空機の総称――それが飛行空艇である。

「あたしが11歳のときだったかな。うちの飛行空艇がテロリストに襲われたの」

 そのときレイリアの通う学校は長期休暇中であり、実家が所有する飛行空艇に乗り込んで仕事の手伝いをしていたという。
 
「正確には、着陸して待機していた空港がテロリストに襲われて占拠されたんだ。エクスウォードに近い地域だった。そういえばあの地域がやばくなってきたのって、あの頃からかもしれないね」
「……それで?」
「テロリストといっても、身代金目当ての素人の集団でさ。たいしたことなかったの」

 以前、自分を誘拐したのと同じような連中だろうと、クリスはなんとなく思った。

「シディアスの部隊が突入して、すぐに解決したよ。そのとき部隊を率いていたのが蒼一だった。あとから聞いた話だけど、そのときたまたま近くで演習してたんだってさ」
「じゃあ、そのとき?」
「ま、そういうこと。そのときの蒼一の戦いっぷりがずっと忘れられなくてね。銃弾がびゅんびゅん飛んできてもかすりもしないの。アクション映画の主人公なんかよりずっとかっこよかったよ。で、気づいたらあたしも、ああなりたいと思ってた」

 その後、レイリアはシディアスの士官学校に進み、当時そこで後進の育成に携わっていたクリスの父、ユーベルと出会う。クリスとレイリアの出会いは、その頃から始まった。やがて準騎士になったレイリアがはじめて配属されたのが、蒼一の部隊だった。
 クリスが急にそわそわし始め、わずかに頬を染めながら質問する。
 
「ねえ、レイリアの蒼一に対する憧れって……あの、その、そういう?」

 んん? とレイリアは目をぱちくりさせる。そしてすぐ、新しいおもちゃを見つけた子どものような笑顔を浮かべた。

「クリスがそういう話題持ち出してくるのってめずらしいわね! 気になる? 気になっちゃう? 『シディアス始まって以来の最強の堅物』とちまたで噂のクリスも、やっぱりお年頃ねぇ、うふふふっ」
「あっ、いや、そういうわけじゃ…………え、その噂なに?」
「いいのよいいのよ、お姉さん、全部わかってるから。答えを言っちゃうとね、初恋とか、恋愛的な憧れとはちょっと違ったかな」
「…………。そ、そうなの?」
「ほら、10歳過ぎるとさ、これから先、自分はどういう大人になるんだろうってぼんやりと考え始める頃じゃない。それで蒼一を見て、『なるほど、あたしは将来こうなりたいんだ』って直感したというか……わかる?」
「うん。わかるよ」

 クリスがシディアスの騎士になりたいと思ったのも、レイリアと同じような状況を経たからだ。当時まだ準騎士だったレイリアの後ろ姿は、いまでも憧れの象徴としてクリスの脳裏に鮮やかに刻まれている。その事実をあらためて伝えようとしたが、急に恥ずかしくなったのでやめた。ジンジャーエールと一緒に言葉を飲み込む。

「だいたい、あたしもうその頃彼氏いたし」

 ――ぶはっ!?

「わ、ばっちいなぁ。どうしたの?」
「か、かかか……かれ……彼氏って!?」
「はじめての彼氏。兄貴の同級生だったから、3つ上かな」
「だ、だだだだって、さっき11歳だって!?」
「うん。ちなみに、あたしの……ごにょごにょ……の相手だったっていうか……あれ、そのときは12歳になってたっけ? まあともかくあたしも相手も若かったからね、お互い燃え上がっちゃってさ。でもすぐにお互いの家族にばれて、こっちも大炎上……あはは、懐かしいっ」

 クリスは口をぱくぱくとさせながら、全身をぷるぷる震わせていた。顔を真っ赤に染めながら。それを見たレイリアが、気まずそうに頬をかいた。
 
「……えーと…………セーフだよね?」
「完っっっっっっっっっ全にアウトですっ!」

 レイリアは爽やかに笑い飛ばした。

「あたしのことはもういいよ。そういうクリスはどうなの? 身近に好きな男子とかいないの?」
「……べ、別に」
「ちなみに言っておくとね。あなたの場合、自分から告白しないと誰とも付き合えないと思うよ。たぶん」
「えっ、なんで?」
「だってさ……とある男性があなたと付き合って、最終的には結婚して旦那さんになるとするじゃない」
「け、結婚!?」
「そうすると、相手にとって誰が義理のお父さんになると思う?」
「……うちの父さん?」
「そう。シディアス最強の騎士って言われていて、世界中の歴史の教科書にもその名が載っている人だよ? そんな人の娘と気軽には付き合えないでしょ。ましてや『娘さんを俺にください!』なんて言えると思う? 叩き斬られたらどうするの」
「と、父さんはたしかに強面だと思うけど、そんな無茶な真似しないよ。さすがに……たぶん」
「ああ、そうか……クリスは知らないんだねぇ……」
「なにが?」
「あなたが誘拐されたときのこと。思い出させて悪いんだけど」
「別にいいよ。それで?」
「あのとき、あたしが所属していた蒼一のチームが地下に囚われていたあなたを救い出したでしょ。そのあいだ、ユーベルさんがどうしていたか聞いてる?」
「たしか……地上で誘拐犯の一派と戦っていたって」
「そのとおり。じゃあユーベルさんと戦った誘拐犯たち、どうなったか知ってる?」

 誘拐犯たちは全員、無力化されて身柄を確保されたことはクリスも聞いていた。それを答えると、レイリアは苦笑いを浮かべる。

「まあそれで間違いではないんだけどね。ユーベルさんを相手にした連中は全員病院送りになったの。運ばれてるのをあたしもちらっと見たけどさ、なんていうか……手足が変な方向に曲がっていたり、恐怖で震えながら泡吹いて白目剥いていたり、生きてるのが気の毒なレベルの怪我してたっていうか。もうほんっっっと悲惨だった」
「――っ!」
「そのときのユーベルさんの戦いはいまでも語り継がれていてね。『娘はどこだっ!』って、逆鱗に触れられたドラゴンみたいに怒り狂いながら、10人以上いた誘拐犯たちをほぼひとりで全滅させたってさ。そんななのに、死人をひとりも出してないのが逆に恐ろしかったって、一緒に戦っていた先輩から聞いたよ」

 クリスは二の句が告げず、口をパクパクさせている。

「この話はシディアスの中では有名なの。だからまわりの男どもは気軽にクリスに手出しできないのよ。つまり、それがあなたにいつまでも彼氏ができない理由!」
「そ、そんな!? ……じゃ、じゃあわたし、どうすればっ」
「気になる男がいたら、あなたから押し倒しなさい。後先なんか考えちゃだめ。まずは肉体関係で既成事実を作ること! ああ、もちろん避妊はしないとだめだよ? ちなみに、あたしの初体験は初潮前だったから――」
「――っっっっ!?」

 顔を真っ赤にしてぷるぷると震えるクリスが可愛らしくておもしろいのか、レイリアは豪快に笑った。
 彼女が屈託なく笑うのは、このときだけではない。クリスの記憶にいるレイリアは、いつも笑っていた。

 他愛もない日常風景。
 これが過去の夢だと、クリスはもう気づいていた。

 だが、レイリアはもういない。
 もう夢の中でしか会えない。

 ――夢から覚めたとき、その事実が容赦なく襲いかかってくる。
 クリスはベッドの上で、涙が涸れるまで慟哭した。


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