3-8

 首魁であるアンセムを失ったステラ・レーギアの瓦解は早く、シディアスの尽力もあり、年が明け、1月が終わりに差しかかったあたりでエクスウォード紛争は終結した。
 任務を終えたクリスは、エクスウォードの荒野から去る。その後すぐ、レイリアを含む殉職した騎士たちの葬儀が合同で行われた。
 クリスはそのときはじめて、レイリアの家族と会った。もちろん、喪服と涙に包まれた哀しい邂逅になるとは思わなかったが。
 レイリアの生き写しのような顔立ちをした妹が、姉の遺体にすがって号泣する姿がいつまでも脳裏に焼きついている。
 その後、紛争の最前線に従事していた騎士たちには、膨大な特別賞与と数ヶ月の長期休暇が与えられた。
 嬉しくもなんともなく、クリスは虚無感に包まれる。紛争が終わって長期休暇をもらったら、レイリアと一緒に旅行しようと話していたのに。

◇     ◇     ◇


 喪失感と哀しみから逃れるように、クリスはひとりフォンエルディアから旅立つ。
 まずイタリアへ向かい、悠と会った。
 久しぶりの再会となった交流はクリスの心を癒してくれる。悠のピアノの旋律は、なにものにも代えがたい心の救済となる。
 イタリアを発ったあとはヨーロッパ各地をまわり、それからアフリカ大陸、東南アジア、オーストラリアとまわり、北米大陸へ渡った。
 クリスは世界を見てまわる。
 なんの変哲もない人々の生活が、どの国のどの街にも存在していた。公園でサッカーをしている少年たち。幸せそうにデートする学生カップル。音楽を聴きながらジョギングする若者。道端で世間話に花を咲かせる主婦たち――目に見えない場所でも、普遍的で幸福な営みが繰り返されているのは言うまでもなかった。
 クリスは思わず目を背けた。面識もなく名前も知らない彼らの人生が、あまりにもまぶしい。
 ただ「生きる」ことがこんなにつらいとは、考えたこともなかった。そもそも自分はいままで、なにを目標に生きてきたのか。どうやって日常を暮らしていたのか、まるでわからなくなっていた。
 はじめて見る世界は美しかった。
 しかし心のすべてを覆い尽くす哀しみは、どんなに美しい光景を見ても払拭できない。
 思えばレイリアが最期に見せた笑顔も、なによりも美しかった。同じ人間とは思えないほど神々しく、あの状況でなぜか「幸福」に満ちていたように見える。 
 もしも自分がレイリアの状況に置かれていたらどうだろう。あのような穏やかな表情を浮かべることができるだろうか。見苦しくわめき、恐怖で引きつった表情を浮かべるのではないか――何度も自問するが、ついに答えはわからないまま。考えれば考えるほど、負のスパイラルが自分の心をねじ曲げていく。 
 厳しい訓練を経て、自分は正義の味方になったつもりだった。かつて自分に降り注いできた理不尽な犯罪も、南極の地下で見た地獄も、なんとか乗り越えてきた。
 それなのに、身近な人の死がこんなにもつらいものだとは、まったく知らなかった。レイリアという存在が自分の中でここまで大きかったのだと、クリスはあらためて思い知る。
 そしてもうひとつ思い知ったこと。
 
 ――わたしはきっと、向いてない。

 長期休暇が終わろうとしていた6月の終わり頃、クリスは母国フォンエルディアへ帰還した。
 そして20歳の誕生日を迎えたその日、決断を下す。

 ――シディアスの騎士を辞めよう、と。


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