6-4

 晴れわたる空。さえぎるものなく降り注ぐ陽光が、戦うふたりの人物を照らしていた。
 しなやかな銀髪が、持ち主の動きに合わせて艶麗に流れている。大地を大きく踏み込みながら、セイラが目標の人物に肉薄する。銀色の狼のような獰猛さで、逆手に持った木製のナイフを走らせた。
 だが、セイラの動きを最初から読んでいたかのように、目標の人物は上体を後ろにずらして回避した。
 刹那、セイラは左足を軸にして体をひねり、鋭いまわし蹴りを放つ。
 弾丸のような速度で、セイラの右足が目標の人物に迫る。
 直後、「かんっ」という甲高く軽快な音が響く。目標の人物が構えた木刀に、セイラのブーツが当たった音だ。
 セイラの長い足が離れると同時に、相手――惺の反撃が始まる。
 中段の構えからの連続突き。動きはそれなりに洗練されていて隙がない。全身の筋肉のバネをうまく利用している。
 その攻撃はしかし、セイラにすべて躱された。彼女はまるで舞踏を舞うかのような軽快なステップで、次々と刺突を避けていく。
 最後の刺突をバックステップで回避したセイラが、惺の頭上を跳び越えるように跳んだ。
 空中で一回転し、惺の背後へ降り立つ。そして着地とほぼ同時に、ナイフを走らせた。
 反応が一瞬遅れた惺だったが、すぐに振り返り、木刀を構えてナイフの攻撃に備える。
 ――だが、ナイフと木刀が交差することはなかった。
 セイラはナイフを頭上高くに放り投げていた。
 惺の視線が一瞬、ナイフの軌跡を追う。
 それはセイラに対して、充分以上の隙を与えるのと一緒だ。セイラは腕を突き出しながら惺に接近。右手で彼の首根っこを、左手で彼の右手首をつかんで動きを封じる。そしてすぐに足を引っかけ、惺を地面に倒した。馬乗りになり、さらに惺の身動きを封じる。
 セイラの深紅の瞳と、惺の透明な瞳が交錯したそのとき――

「そこまで!」
 
 クリスの大音声が、青空の下に響きわたった。
 セイラが惺から降り、立ち上がる。そして離れたところに落ちたナイフを拾いに行く。
 クリスが手を差し出すと、惺はそれを握って立ち上がった。彼の背中についた土を払ってあげながら、クリスが言う。
 
「怪我はしてない?」
 
 惺は小さく首肯した。
 ちょうどナイフを拾って戻ってきたセイラに質問する。
 
「どうだった?」
「……弱くはない。けど、決して強くもない……不思議な感覚」
 
 蒼一は最近、惺に武術の手ほどきを始めていた。肉体感覚を養うと同時に、自衛手段を持っていたほうがいいだろうという判断からだ。
 そして今日、セイラとはじめて模擬戦を行った。
 五感を失っているという致命的なハンデがあるにもかかわらず、惺の潜在能力は信じがたいほど高かった。さらに技術の上達速度も常軌を逸している。一を聞いて十を知る、という格言を体現していた。
 先ほどの戦いを脳内で再生しながらクリスが言う。
 
「なるほどね。ちょっとトリッキーな動きが混ざると対応できないのか。蒼一の言っていたとおりね」
 
 惺の弱点。〈ワールド・リアライズ〉による空間認識能力にほぼ瑕疵はないが、時折フリーズしたかのように動きが止まることがある。先ほどのように、予想外の動きが発生したとき、それは現れやすくなる。
 惺はまだ戦闘時における「引き出し」が圧倒的に少ない。それを克服するためには経験しかないが、その点セイラを練習相手に据えるのは理にかなっていた。彼女は暗殺者としての技術の完成度が高く、手札が多い。本人は近接格闘よりも銃技のほうが得意とのことだが、それでもクリスが舌を巻くほどの実力の持ち主だ。
 
「ふたりとも、もうちょっと続けてくれる?」
 
 ふたりが再び向き合うのを見ながら、クリスは踵を返した。
 レビンソンの邸宅の庭には大きなウッドデッキがあり、その上に年季の入ったテーブルセットが置かれている。蒼一が椅子に座り、目の前に立てかけられたタブレット端末を見つめている。表情は険しく、口もとは真一文字に結ばれていた。
 
「そんな顔してどうしたんですか?」
 
 蒼一の向かいに座ってから、クリスが尋ねた。彼は話していいものか一瞬迷ったような素振りを見せたあと、おもむろに口を開いた。

「ユーベルから連絡があってね」
「父さんから?」

 見てもらったほうが早いと、蒼一はタブレットをクリスのほうへ向けた。
  
「これって――っ!?」

 写真が表示されていた。
 一面に広がるは氷河の大地。その大自然に不釣り合いな異様で異質な存在がなければ、きっと美しいと感じただろう。
 紫色の装甲スーツの大軍――かつてシディアスの騎士が対峙した、パワードトルーパーの軍団。氷河の上を歩いて、どこかに進軍しているような構図。写真に映っているのがすべてはないようで、かつて見た軍勢を超える数に見える。

「マリーバードランド近辺で撮影されたものらしい」

 南極大陸の西部、ヴィクター研究所が存在していた地域の名。クリスにとっては久々に聞いた地名だった。

「ど、どういうことですか? なんで彼らがあそこに!?」
「現在調査中だ。近くの観測基地にいた人間が偶然撮影し、SNSに投稿して話題になったそうだ。シディアスの情報部はいま、ネット上からこの情報を消すことに躍起になっている」

 例のミイラ化現象が起きた際、シディアスは南極に存在するあらゆる観測基地に避難命令を出していた。しかし謎のミイラ化というインパクトのある事件が起こったからか、安全が確認されたあとも人はほとんど戻らなかった。

「あの出来事はもう3年近く前になるからな。最近では各国の研究者や軍人なんかがちらほら戻ってきているらしい。もっとも、この写真のせいで再び蜘蛛の子を散らすように逃げ出したようだが」
「……そういえば、エクスウォード紛争のときのパワードトルーパーが、どこの誰でどうやって調達されたのかって判明しているのですか?」

 クリスがシディアスの騎士だった頃は、まだ調査中だった。当時でも証拠が少なすぎて、調査に難儀しているとは聞いていた。
 蒼一がさらに表情を険しくさせる。

「……なにか知っているんですね?」
「まあな。でも、詳細は知らないほうがいい。特にクリスは――」

 それ以降蒼一は口をつぐんだため、クリスは話題を変えた。
   
「それで、父さんはなんて?」
「あの研究所が秘密裏に動いているなどと考えたくはないが、いずれにしても南極に再び大規模な調査部隊を送るそうだ。『人手が足りないから、頼むから戻ってきてくれ』と言われている。……あいつが素直に頼むだなんて言い出すあたり、相当困っているらしい」
「じゃあ――」
「しばらくシディアスに戻る。ユーベルの頼みじゃなくても、事態はかなり深刻だ。クリスには悪いが、惺とセイラを引き続き頼む」

 クリスは少し黙って考えた。
 蒼一という最強の守り手がいるから、自分たちはいまこの場所にいる。特にセイラは、いつアヌビスが連れ戻しに来るかわからない。

「このままこの場所にいていいんでしょうか?」

 蒼一は、向こうで模擬戦を繰り広げているふたりを見つめた。
 ふたりの汗が陽光に煌めいている。

「……たしかに、ここに居続けるのは危険かもしれないな。いつまでも甘えさせてもらうのも申し訳ない」
「あの、でしたらわたしの実家に行きませんか? あそこなら母さんもいますし、父さんの目も届きますから」
「なるほどな。それなら――」

 蒼一の言葉は途中で止まった。クリスの背後を見つめ、気まずそうな表情を作る。
 クリスが振り返ると、泣きそうな表情を浮かべるアルマがいた。


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