8-1

「またここに来るとはね……」

 目の前にそびえ立つ巨大な建物を前に、クリスがつぶやいた。
 近代的なデザインを誇るアリーナ状の巨大な建造物。エルドラード郊外に位置するシディアスの総本部。晴れわたる空から降り注ぐ陽光が、建物全体を白銀色に輝かせていた。
 横に立っていたセイラが尋ねてきた。

「蒼一がここにいるの?」
「うん。わたしとセイラに来てほしいってさ。理由はまだ聞いてないんだけど」

 ふたりそろって内部に足を踏み入れる。
 すると、いきなり広大なロビーで見知った顔に出会う。その女性騎士もすぐにクリスに気づき、黒髪のポニーテールが揺れた。

「クリス!」

 彼女――アーシャ・フォセットが駆けてきて、クリスを抱擁した。瞳の端に涙を浮かべながら。

「久しぶり! 会いたかったよ」
「わたしもです、アーシャ先輩。でも、どうしてここに?」
「蒼一さんに頼まれてるの。あなたを案内してくれって。ついてきて」

 その後、クリスが案内されたのは女性用の更衣室だった。現役時代に何度か利用したことがあるが、いまさら用があるとは思えない。
 不思議がるクリスにアーシャが言う。

「その箱の中を見て」

 真ん中に置かれた長椅子の上に、白い箱が置かれている。
 ふたを開けると、見慣れていたはずの――しかしいまでは懐かしい白銀色が飛び込んできた。シディアスの騎士が誇る、気高き白銀色のオーバーコート。
 予想外の展開に言葉を失っているクリスに、アーシャが告げる。
 
「蒼一さんから伝言があるの。『もしも本気で戦う覚悟があるのなら、袖を通してほしい』ってね」
「で、でもわたしはもう――」
「『わたしの権限で復隊の手続きをとっておいた。ユーベルから職権乱用と公私混同も甚だしい! と怒られたけどね。てへっ』だって」

 苦笑交じりのアーシャ。
 さすがに驚くクリスだったが、すでに覚悟は決まっている。この期に及んで腰が引けるような覚悟をしたつもりはない。
 着替えてオーバーコートの袖に腕を通した。久しぶりの感触に背筋が伸びる。

「クリス」

 ここまでほとんど存在感を消していたセイラが、おもむろに言う。
  
「……似合ってる」

 思わず泣きそうになった。

◇     ◇     ◇


 シディアス総本部でいくつか雑事や手続きを済ませたあと、タクシーで実家に戻る。久しぶりにオーバーコートを着用していて、背筋が伸びている気がした。
 大きな門の前でタクシーを降り、セイラと一緒に邸宅に向かって歩く。レンガを敷き詰めた瀟洒な歩道のまわりには花壇があり、様々な花が咲いていた。花壇の向こうには、母が趣味でやっている畑が広がっている。 

「あれ……?」

 玄関ポーチまでたどり着いたところで気づく。ポーチの前に、どこかで見たことのある車が停まっていた。年季の入った青いピックアップトラック。
 まさか、と思いつつ玄関のドアを開けると、驚くべき人物たちに出迎えられた。
 バンダナの巻かれた茜色の髪が、振り向くと同時に揺れる。

「クリスさん! セイラちゃん!」
「アルマ!?」

 一瞬で涙目になったアルマが駆けてきて、クリスに抱きついた。

「ど、どうしてここに?」

 アルマはクリスの胸の中でわんわん泣いてしまって答えられない。代わりに答えたのはアマンダだった。
 
「蒼一から聞いたんだよ。あんたとセイラが南極に行くから、励ましてやってくれってさ」
「そんな……わざわざ」

 外の青いピックアップトラックは、アーク・レビンソンの貨物室にいつも停まっていたものだ。仕事を手伝っているとき、クリスも何度か運転したことがある。
 アマンダがクリスの姿を感慨深げに見る。

「一度あんたのオーバーコート姿が見たいと思っていたが、夢が叶ったよ。なあ、ギリアム」
「ああ。よく似合ってる。南極に惺が……あと、レイリアのかたきがいるんだろ?」
「どうしてそれを!?」 
「蒼一のやつが教えてくれた。いや、ほんとは俺たち部外者が知っちゃいけないんだろうが、『ここだけの話だぞ』って」

 蒼一は本当に自由だった。
 やがてアルマが顔を上げる。クリスが涙を拭ってやると、彼女はこれ以上涙をこぼさないように踏んばる。テーマパークの一件以来会っていなかった少女は、相変わらず素直そうな光を瞳に宿していた。

「……惺くんとまた会える?」
「ええ、もちろん。わたしたちが必ず連れて帰るから」

 ――それから数日後。
 クリスは3年ぶりに南極へ飛んだ。
 そして再び、シディアスの騎士として氷河の上に立つ。


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