8-3

「『明日から本気を出す』のモットーで有名なわたしだが、今回ばかりはいまこの瞬間に本気を出す」

 洞窟内の扉の前で、蒼一が誇らしげに言う。その後ろで様々な突っ込みが思い浮かぶ騎士たちだったが、誰も口にしない。
 蒼一が扉に向かって手をかざした。急激に集約した魔力が可視化し、手のひらの先に光を生み出す。
 
「惺に会えなくて、悠が泣いてるんだ――!」

 蒼一が叫ぶと同時に、光はかたまりとなって放出される。
 光は膨大な魔力の奔流だ。それが扉に衝突した瞬間、目を開けられないほどの発光現象が起こる。

「――っ!」

 周囲の空間そのものが震えたように感じながら、やがてクリスがまぶたを開けた。光は退散し、通常の空間に戻っている。扉に変化はなかった。

「蒼一……?」

 彼は振り返ってにやりと笑う。
 
「大丈夫だ。成功した。簡単すぎて拍子抜けしたかな?」

 光が放たれた瞬間に感じた魔力は信じがたい量であった。クリスは直感的に、人類が扱えるような魔力の量ではないと悟る。
 拍子抜けなどではない。クリスに生まれた感情は、一種の畏怖。
 
「……あなたはいったい、何者なんですか?」
 
 蒼一は静かに笑うだけで答えず、扉の横にあるパネルに向かった。
 パネルを操作する後ろ姿を眺めながら、セイラがぽつりと言う。

「重ねがけされたいろんな星術と、〈グラビティ・フィールド〉を一瞬で無効化するほどの魔力の放出……蒼一も化け物……?」
  
 直後、扉が開いた。

「――っ!?」

 扉の向こうから流れてくるのは冷たい空気と、それに混ざった異臭。
 そして異様な気配。
 クリスはセイント・ヴァルステンを抜き、セイラは銀の50口径を構える。ほかの騎士たちも全員、それぞれ武器を構えた。
 長剣を構えながらティアースが言う。
 
「電力はもう通ってないんだよな? なんで明るいんだ?」

 扉の先は広い廊下だった。ティアースの言うとおり、天井のLEDライトが煌々と灯っている。
 アーシャがうんざりしたような表情で答えた。

「そんなことより、この気配には覚えがある! クリス、大丈夫?」
「……た、たぶん。ねえ蒼一、この気配って、やっぱり……?」
「おそらくな。パワードトルーパーの次があいつらだとすると、演出過剰だな――諸君、行くぞ!」

 蒼一を先頭に、騎士たち数十名が冥界へ向かって進軍した。

◇     ◇     ◇


 向かってくる騎士たちを獲物と認識したのか、ぎょろっとした赤い目が光る。それらが無機質な廊下一面を占めているさまは、かつて見た異様。
 廊下の先に待ち構えていたのは、巨大な虫の軍団だった。

「おまえたちに構っている暇はない!」

 蒼一の振り下ろした日本刀――蒼牙護神聖からまばゆい輝きを放つ衝撃波が派生。虫の軍団はそれに呑まれ、一瞬で塵となった。
 蒼牙護神聖を構えながら蒼一が駆ける。衝撃波から逃れた虫たちも、神速で奔る日本刀が容赦なく斬り捨てていく。
 普段はあまり先陣切って戦わない蒼一も、今回ばかりは本当に全力を出しているようだ。なぜならクリスたちの出る幕がほとんどない。セイラもほとんど発砲してなかった。
 つい先ほど膨大な魔力を放出したはず。なのにいま、蒼一は信じられない速度と圧倒的な剣技を伴って日本刀を振りまわしている。蒼一は汗ひとつかかず、疲れている様子はない。
 クリスがかつて父から聞いていた逸話がある。「蒼一は本気を出せば俺より強い。本来『剣聖』なんていう称号は、あいつのものだよ」――一種の冗談かと思っていたが、もしかしたら事実かもしれない。
 自分たちの上官は本当に化け物じみているのだと、騎士たちはあらためて思い知る。
 次々と襲いかかってくる敵を文字どおり虫けらのように蹴散らしながら、一行は先に進んでいく。

「蒼一! 惺がどこにいるのかわかってるんですか?」
「ラスボスはいちばん奥にいるものだよ」 
 
 一行はさらに先に進み、広大な空間へとたどり着いた。3年前、虫たちと死闘を繰り広げたあの大森林。しかし樹木はすでに枯れ、土も腐って異臭を放っている。
 異臭を放つのは樹木や土のせいだけではなかった。
 パワードトルーパーの死体が山のように折り重なっている。それらにむしゃぶりつく虫の軍団。
 クリスたちは目を剥いた。いったいなにがどうなっているのか、まったく理解できない。
 そして虫たちの目もクリスたちに向いた。おや、あちらのエサのほうが新鮮だ――目に宿る不気味な光が、そんなふうに言っているように見えた。

「蒼一さん! ここは俺たち任せて先に進んでください! クリスとセイラちゃんも!」

 ティアースが剣を振り上げ叫んだ。その背後でアーシャが光の弓を構えながら大きくうなづく。ほかの騎士たちも同意した。
 蒼牙護神聖を構えながら、蒼一が言う。

「帰還したら好きなものを奢る。だから全員、無事でいてくれ――はぁっ!」
 
 蒼一が巨大な衝撃波を放ち、虫の一部をまとめて薙ぎ払った。
 衝撃波の軌跡を描くように、奥へ続く「道」ができる。クリス、セイラ、蒼一の3人はその中央を突っ走った。
 取り囲もうとしてくる虫たちを退けながら、クリスは祈った。

 ――みんなありがとう。無事でいて。

 振り返らずに大森林だった空間を突破。さらに下層のコントロールルームへ向かってひた走る。

◇     ◇     ◇


 コントロールルームの隅にある、例の扉はすでに開け放たれていた。
 奥から漂ってくるのは凍てつく冷気。そして、それよりもはるかに冷たい殺気。
 嫌な予感を抱きながら、クリスたちは先に進む。
 光る湖は健在だった。湖から放たれるエメラルドグリーンの光が、氷の壁や天井を照らしている。そんな光景がめずらしいのか、セイラがきょろきょろとしていた。

「……クリスは知らなかったかな。この光る湖の正体を」
「ヒカリゴケとか言ってませんでしたか? 新種か遺伝子操作されたものなのかはあとで調べてみる、と」
「どちらも正解だったよ。つまり、新種の上に遺伝子操作がなされていたものだ。問題は、なんのためにそんなことをしたのか」

 猛烈に嫌な予感がした。この研究所に存在するものは、たいがいがろくな代物ではない。

「このヒカリゴケは、有機物を分解する酵素を常に放出している。分解された有機物は栄養素に変換され、水中でヒカリゴケに吸収される。だからこのようにきれいに光っているんだ」
「有機……物……?」
「人間ぐらいの大きさなら、おそらく2、3日で分解される。ヒカリゴケにとっては栄養豊富のご馳走だろうな」
「――っ!?」
「この先にあった子どもたちの脳髄。全部で1200ほどあったが、それが本来収まっているはずの肉体は、研究所内のどこにも見つからなかった……もうわかるだろう?」

 クリスは立ち止まる。手足の震えが止まらない。
 狂っている。
 なにもかもすべて。
 思わず叫びたくなった。
 ――それを寸前で止めたのはセイラだった。クリスのオーバーコートの袖をつんつんと引っ張っている。
 見ると、深紅色の瞳がなにかを訴えかけていた。それを見た途端、クリスは冷静になる。

「――――。……ごめん」
 
 目じりに浮かんだ涙を拭って、クリスは再び歩き出した。
 蒼一はセイラの横顔をちらっと見る。朴訥な様子だが、クリスに対する気遣いを感じた。セイラがこのような情緒を育んでいる事実は、決して間違いや気のせいではないだろう。彼女が今後どのような人生を歩むかわからないが、確実にプラスになるはず。 
 もしかしたら、と蒼一は思う。
 自分はセイラだけでなく、惺やクリス――そして悠の未来を見ることができないかもしれない、と。
 若く尊い魂たちの未来が輝くように、幸福に満ちた人生を送れますように――蒼一は切に願う。

 ――やがて、3人は目的地にたどり着いた。


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