夜の摩天楼を、ひとりの少女がカラス越しに見下ろしていた。
とある高級ホテルの最上階、スイートルームの一室。少女は一糸まとわぬ姿で窓際に立っている。15歳前後とおぼしき裸体。しかし手足は長く、バストや腰のラインはもう大人のそれに近い。成長途中特有の未完成な美しさをはらんでいた。無造作に切られた銀髪も美しい。
不意に背後から人の気配を感じて、少女は振り返る。
裸身の若い男が立っていた。熱いシャワーを浴びたばかりなのか、全身が熱を帯びて湯気をのぼらせている。
男は強引に少女をベッドに押し倒し、その裸身にむしゃぶりついた。彼はもはや少女の体にしか興味がないのか、鼻息を荒くさせ、一瞬たりとも止まらず舌を這わせ続ける。
男の唾液で全身が汚れても、太もものあたりに勃起した男根の感触を感じても、少女は無表情のままどんな声もあげない。
「おまえ、処女か?」
少女は答えない。
まあいいかと、男は再びむしゃぶりつく。ここまで若い少女と「遊ぶ」のは久しぶりだった。愛想はまったくないが、それはそれで味がある。そもそも極上の美少女なのは間違いない。高い金を払っただけはあると、男は自らの性欲の海に溺れていく。
――だから男は、自分の頭の後ろで無数の光の粒子が発生したことに気づかなかった。
「…………?」
男がやっと異変に気づき、少女の顔を見たときにはもう遅かった。少女の瞳に一瞬だけなにかを反射した光が映るが、男は気づかない。
そしてそれが、男が見た最後の光景だった。
男の首筋に、鋭い刃が突き刺さる。
男が驚愕に目を見開く。
少女の左手にはコンバットナイフが握られていた。右手で男のあごを握り締め、悲鳴と呼吸を遮断する。刺された首からは噴水のように血が流れ出し、純白のシーツを容赦なく染めあげていく。
男はすぐに絶命した。
絶命の瞬間、男は射精していた。
大量の返り血と精液を浴びた少女は、それを拭いもせずにベッドから下り、近くのソファに置いてあった男の手提げ鞄を漁る。
黒革にゴムバンドのついた小さなノートが出てきた。血で汚れるのもお構いなしに少女はページをめくる。男の雑記帳らしく、様々な文言で埋まっている。
やがて最後のほうのページをめくったとき、手が止まった。
おそらく本人しかわからない符丁で書かれているのだろう。さらっと読んだだけでは意味不明な言葉と数字の羅列。
しかし少女は、男の素性や性格、思考の癖などすべての情報をあらかじめ手に入れている。男が有能な銀行員であることは表の顔。裏の顔は、ステラ・レーギアに様々な武器を売りつけていた闇の商人だった。
それらの情報をもとに符丁を読み解き、少女は目的の情報を入手。
「……アーク・レビンソン?」
それがここに来てから少女の発した、唯一の言葉だった。
少女の左手に再び光の粒子が集まる。それがすぐにスマートフォンを形作った。
メールアプリを開き、血で汚れた指で簡潔な文章を打つ。
『判明。現在は飛行空艇アーク・レビンソン』
送信後、すぐに返信があった。
『ご苦労さま。すぐに戻ってきなさい。ただし、血と精液はシャワーで洗い流してきてね。ばっちいから』
この場にいないのにどうしてそんなことがわかるのだろう――などという当然の疑問を、少女はまるで抱かなかった。
直後、再びメールを受信した。
『それから、そのホテルはまるごと爆破しちゃってね♪』
少女――シルバーワンは、「了承」とだけ返信した。