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【すべて事実】友人たちと同人サークルやっていたら鬱になって、最終的には裁判沙汰になったんだけど質問ある? part①

2020 2/19
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タ、タイトルの意味がわからないんだが……

そのまんまだよ。もっとも簡潔な言葉を並べたらこうなった。

今日の記事は、筆者が20代のはじめから中頃に経験したとんでもない出来事を語ります。


ちなみに、以下に該当する人に参考になればいいなと思っています。

  • 仲間や友だちと一緒に、新規で事業を立ち上げようとしている人。
  • 現在進行形で人と一緒になにかやってるけど、なかなかうまくいかないって人。
  • それこそ同人サークル作りたいなと考えている人。あるいはもう作ってしまった人。

もちろん、興味ないって人は読まないでいいですよ☆

目次

登場人物

※全員同い年。

シナリオ、企画書制作、ホームページ運営を主に担当。

S

名目上はサークルのリーダー。企画をはじめ、外部の絵師さんとのやりとりなどを担当。

H

経理や作品のパッケージ制作などを担当。

備考

僕とHは、高校時代の同級生。在学当時はもっとも仲がよかった。
SとHは、中学時代にフリースクールで出会った友だち同士だった。
Sは、僕たちとサークルを結成する前から同人活動をやっていた。

おおまかなあらすじ

2009年の年末頃、友人Hに誘われて、彼の友人であるSと出会う。意気投合し、その場で同人サークルを結成。
翌年(2010年)から活動開始。ドラマCDやグッズなどを制作し、コミケなどで販売。この頃は順調に見えた。

しかし2011年以降、僕はそのサークルを辞めたくなってくる。理由は、サークルの方向性やSと性格が合わないと感じるようになったため。
けどなかなか辞めさせてもらえなかった。「新しい人を見つけたら辞めてもいいよ」「サークルが黒字になったら辞めてもいいよ」「責任とるまで辞めさせないよ」とか言われてた。
結果、もう辞めたいのに辞めさせてもらえないというジレンマが強いストレスとなり、僕の心を蝕んでいく。

2012年の年末頃、僕が自殺未遂をして警察沙汰に。
その直後に心療内科を受診し、「うつ状態」と診断される。心療内科の先生には、「SとHと早々に縁を切ったほうがいい」と言われる。実際、僕もそうしたほうがいいと思っていた。
診断結果を踏まえ、もうサークルを続けるのは無理と伝えても、それでもなぜか辞めさせてもらえなかったたため、弁護士に相談。
2013年、調停が開かれるも不調。
やがて民事の裁判に突入。

最終的に裁判が終わったのは2016年

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↑これはほんとざっくりとした説明だな(なんかすっげえ文言が並んでるけど)
だから、これからもうちょっと詳しく解説するってさ。

ちなみに、ここまで読んで興味を持てない人は、これから先もおもしろくないと思うぜ!

最初の出会い~サークル結成~ドラマCD制作まで

2009年~ サークル結成までの流れ

最初に僕の経歴をちょこっと話します。
2008年に演劇系の専門学校を卒業後、小さなタレント事務所に所属していました。ただしこれは半年も経たずに挫折。2008年の秋には退所してたかな。まあ、このあたりは特におもしろくないんで語りません。
それから2009年になり、「これからどうしようかなー」とか考えているときに、高校卒業以来連絡のなかったHからメールが来るわけです。

「友だちが同人サークル作ろうとしていてさ、ゲームのシナリオライター探しているんだけど興味ない?」

メールはもう手もとにないし、文面も覚えてないんだけど、要するにこんな感じだったと思う。僕はすぐに食いつきました。
ちなみにHが僕にこんなメールをくれた理由にはわけがありまして。高校の頃の僕はよく、「小説とかゲームのシナリオとかバリバリ書いてるぜ!」とか言っていたらしいんです。まるで覚えてないんだけど。
たしかに、いわゆる厨二ノートに「ぼくのかんがえたさいきょうのせってい」とか書くの好きでよくやっていたんだけど、小説もシナリオもその時点では書いたことがない。ははっ。

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ははっ、じゃねえよ。嘘じゃねえか。

そうなんだけど、まあ……もう時効だしね☆

まあ僕も当時はバイトする以外そんなにやることなくて、暇してたわけです。
だから最初はHとふたりで会って話しました。それで、「試しになんか書いてみてよ。2ヶ月くらいで」とか言われたのね。
そのとき書き上げた小説が処女作『光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~』(ゴメン、まだ公開準備中!)です。
ただし2ヶ月では全部終わらなくて、3分の2くらいまで書いて渡したのかな。HもSに見せたらしい。それからさらに1ヶ月くらいで最後まで書き上げました。
最終的にかなり高評価をいただいて、3人で会おうって流れになりました。
その後、2009年の年末くらいに3人で会い、僕はSと初対面を迎えます。

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それでサークル結成、と。

2010年前半~ ゲーム制作を断念するまで

僕たち最初はゲームを作りたかったんです。
ゲームっていうのは要するに、ギャルゲーとか『Fate/stay night』みたいなビジュアルノベルって言われているやつね。2020年現在ではだいぶブームは去ったかなと思うけど、当時はまだまだ隆盛だったんです。
ゲーム作って収益を上げて、いずれは会社になれるくらいまで成長できればいいねとか話し合ってました。

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TYPE-MOONとかオーガストみたいな感じだな。

そのとおり。
でもまあ、世の中そんなにうまくはいかないのです。
結果的は大失敗したんで。あの頃は若かったなぁ……(遠い目)。

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wwwww

話を戻しましょう。
最初は『光紡ぐ神の旋律 ~ Melodies of Memories ~』をゲームにしようと思ったんだけど、壁がいくつかあった。
知らない人に説明すると、僕たちが作ろうとしていたゲームは、

  • シナリオ
  • イラスト(CG)
  • 音楽
  • プログラム

最低限この4つが用意できれば制作できるのです。
でも手もとにあるのはシナリオだけで、ほかは外注するしかなかった。
まあ時間やらお金やら、多大なコストがかかるわけです。だから最終的にゲーム制作はいったん断念して、より制作コストの低いドラマCDを作る流れになりました。

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ドラマCDってなーに? って人はググってな!

2010年後半~ ドラマCD制作まで 

台本は僕が執筆し、Hが声優系の専門学校を卒業していたんで、その方面のツテで声優さんも手配した(ほぼ素人であんまりうまくない人たちだったけど、まあ僕らも似たようなものだったし)。

ジャケットのイラストは、当時は無名だったけど、現在ではそれなりに有名になった絵師さん(ラノベのイラストとかいくつもやってる人)が描いてくれました。迷惑かかるといけないんで、名前は明かしませんが。

そういえば、僕がホームページを作り始めたのもこのあたりだったような。なんか雑務の割り振りでホームページ担当になった記憶がある。
とにかく、当時は僕も含めてみんながんばってたと思います。
だから結果的に、ドラマCDは最後まで制作できました。本当に大変だったけど。

完成したドラマCDをはじめて売ったのは、コミックマーケット79(2010年12月末)じゃなかったかな。初参加だったからか、けっこうよさげなお誕生日席だったのを覚えてる。

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売れたのか?

いや、あんまり……500部くらい作って、20とか30とか? あんまり覚えてないんだけど、そんなものだった気がする。当然赤字だね。
ただまあ、最初からこの結果はある程度予測していました。無名だし、宣伝もほとんどしてなかったので。

とにかく、2010年はこんな感じで幕を下ろします。
2011年になると、このサークルまた別の方向へ舵を切ります。

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長くなったんで、一度切るぞ。

続きは次回!

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